心理療法・技法
トラウマインフォームドケア
よみ:とらうまいんふぉーむどけあ別名・英語表記:TIC、トラウマインフォームドアプローチ、トラウマに配慮した支援
トラウマインフォームドケアとは、支援を受ける人にトラウマ体験があるかもしれないと前提に置き、再び傷つけない関わりと組織づくりを目指す支援の枠組みです。
トラウマインフォームドケア(TIC)とは、支援を受ける人の中にトラウマ体験のある人がいるかもしれないと前提に置き、その影響を理解したうえで、再び傷つけない関わりと組織の仕組みを整えようとする支援の枠組みです。特定の心理療法の名前ではなく、トラウマ症状を治療するための技法でもありません。医療、福祉、教育、司法など、あらゆる現場の関わり方の土台となる考え方です。
「トラウマがあるかどうか」を聞き出して対応を変える方法ではなく、「誰にでもありうる」という前提で、全ての人への関わり方を見直すことが特徴です。トラウマ体験の聴き取りや処理を行う治療(トラウマ焦点化療法)とは役割が違います。
トラウマインフォームドケアの考え方
米国の薬物乱用精神保健管理局(SAMHSA)が2014年7月に公表した手引き(原題 SAMHSA's Concept of Trauma and Guidance for a Trauma-Informed Approach)が、よく参照される枠組みです。この指針は、トラウマインフォームドな組織は次の4つの「R」を土台にするとしています。
- Realize(理解する): トラウマの広がりと、それが人や組織に与える影響を理解する
- Recognize(気づく): 利用者や職員にトラウマの兆候が出ていることに気づく
- Respond(対応する): 知識を方針、手順、実践に反映する
- Resist re-traumatization(再トラウマ化を防ぐ): 支援の場面で、再び傷つけることを防ぐ
あわせて、安全、信頼性と透明性、ピアサポート、協働と相互性、エンパワーメント・声と選択、文化・歴史・ジェンダーの課題への配慮、という6つの原則が示されています。ここでの訳語は要点を短くまとめたものです。研修や組織の方針に使うときは、手引きの原文や日本語版で文言を確かめてください。
見られる場面と対象
TIC は、トラウマ後の症状を示す人だけでなく、次のような場面で用いられます。
- 精神科・心療内科・一般医療での診察や処置
- 児童福祉、学校、虐待・DV の支援現場
- 司法、矯正、被害者支援
- 依存症、貧困、ホームレス支援
- 職場のメンタルヘルス対策
日本でも、第5次犯罪被害者等基本計画で初めてトラウマインフォームドケアが言及され、犯罪被害者等と接する職員への教育などを通じて、二次的被害の防止に役立てることが目指されています(警察庁の研修資料)。
背景には、逆境的小児期体験(子どもの頃の虐待、ネグレクト、家庭の機能不全など)が、のちの心身の健康と関連するという研究の蓄積があります。症状として見えているものの背後に、トラウマの影響があるかもしれない、という視点が根拠になります。
心理職が実践するときのポイント
TIC を実践する場面では、心理職は「トラウマを聞き出す人」ではなく、「関わり方の質を整える人」です。具体的には次のような点です。
- 安全を確保する: 面接室の環境(扉の位置、座る位置、音や光)、面接の枠、見通し(今日の流れ、時間、終わり方)を事前に伝える。安全でないと感じたら止められることを確認する
- 選択を残す: 質問に答えたくないときは答えなくてよいこと、話す内容と順序は本人が決められることを伝える。座る席、窓の開閉など、小さな選択を本人にゆだねる
- 透明性を保つ: 何のために聞くのか、記録に何を書くか、誰と共有するかを説明する。守秘義務の例外の範囲も、公認心理師の守秘義務を含む関係法令と所属先の規程に沿って伝える
- 「何があったのか」より「何を必要としているか」を聞く: 反応の背景を問い詰めず、困りごとや安心できる条件を尋ねる
- 症状の見方を変える: 回避、怒り、無気力、約束を守れないといった行動を、「問題行動」ではなく、トラウマに対する適応や防衛の可能性として捉える
- 身体や空間への接触に配慮する: 事前の同意なしに触れない、急に近づかない、大きな声や急な動作を避ける
- オンライン面接でも同じ配慮をする: 画面の外の安全、突然の通信切断への備えなど(オンラインカウンセリングの進め方)
- 支援者自身を守る: 二次的外傷性ストレスや燃え尽きを防ぐため、スーパービジョンや同僚との相談を定期的に持つ(スーパービジョン)
向いている状態とエビデンス、注意点
TIC は、特定の疾患に対する治療効果を示す療法ではなく、支援の質を高める枠組みです。組織で取り入れる場合、研修、方針、環境、職員のケアまでを含めた取り組みになります。効果の検証は進行中で、研究結果は対象や現場によって異なり、断定的に述べることはできません。
実践するときの注意点です。
- TIC に取り組んでいることが、トラウマ焦点化療法(持続エクスポージャー療法、認知処理療法、眼球運動脱感作療法など)を代わりに行うことを意味しない。トラウマ症状への治療は、専門的な訓練と医療との連携のもとで行う
- 全員にトラウマ歴を尋ねるという意味ではない。聞くときは、必要性、タイミング、聞き方に慎重になる
- 症状が重い、自傷や希死念慮がある、解離が強いなどの場合は、主治医と情報を共有し、所属先の手順に沿って対応する
- 「TIC を知っている」ことと「実践できている」ことは違う。組織の方針と日々の対応にずれがないかを、定期的に振り返る
関連する用語
- PTSD(心的外傷後ストレス症): トラウマ体験後に起こる代表的な疾患
- フラッシュバック: トラウマ関連の再体験症状
- 解離: トラウマと関連して現れる症状
- 心理教育: トラウマの影響を本人・家族に伝える際の方法
- 来談者中心療法: 安全で受容的な関係を重視する立場
参考文献・出典
- Substance Abuse and Mental Health Services Administration(SAMHSA), SAMHSA's Concept of Trauma and Guidance for a Trauma-Informed Approach, HHS Publication No. (SMA) 14-4884, 2014
- 警察庁長官官房犯罪被害者等施策推進課「トラウマインフォームドケアと代理受傷について」(令和8年度 都道府県・政令指定都市犯罪被害者等施策主管課室長会議 資料)
- 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所「こころの情報サイト PTSD」 https://kokoro.ncnp.go.jp/disease.php?@uid=iGkwv4PNzgWhQ9xI
- Herman, J. L.『心的外傷と回復(増補新版)』中井久夫・阿部大樹訳、みすず書房、2023年
- 世界保健機関 ICD-11(国際疾病分類 第11回改訂)
