心理職の賠償責任保険は必要?補償範囲と団体保険の見方

心理職の賠償責任保険は必要か。公認心理師・臨床心理士の団体保険の確かめ方、補償される範囲とされにくいこと、開業と勤務の違い、個人情報漏えいへの備えを整理します。
心理職の賠償責任保険は、勤務先の保険だけに任せず、自分の業務がどの保険のどこまで対象になるかを一度確認しておく価値のある備えです。法律上の加入義務は確認できませんでしたが、日本公認心理師協会は会員全員が自動で入る保険を用意しており、日本臨床心理士会も会員向けに総合補償制度を案内しています。この記事では、保険の考え方、補償されやすいこと・されにくいこと、職能団体の団体保険の見方、開業と勤務での違い、個人情報漏えいへの備えを整理します。
この記事でわかること
- 心理職の賠償責任保険とは何か、必要かどうかの考え方
- 何が補償され、何が補償されにくいかの一般的な整理
- 公認心理師・臨床心理士の職能団体の団体保険の確かめ方
- 開業と勤務で見直す点、個人情報漏えいへの備え
心理職の賠償責任保険とは
賠償責任保険は、業務の中で他人に損害を与え、法律上の損害賠償責任を負ったときに、その賠償金や関連する費用を補う保険です。心理職の場合は、面接や検査、助言などの業務が原因で第三者に損害を与えた場面が想定されます。事故の種類としては、来室者のけが、預かり品の破損、配布資料の著作権侵害、名誉毀損など、面接の中身とは別の場面も含まれます。
民法では、故意または過失によって他人の権利や法律上保護される利益を侵害した者は、損害を賠償する責任を負うとされています(第709条)。契約にもとづく義務を果たさなかった場合の損害賠償は第415条、使用者が従業員の事業執行について負う責任は第715条に定めがあります。心理職の業務も、これらの一般的な民事責任の枠組みの外にあるわけではありません。
保険はこの賠償の負担を和らげる仕組みですが、倫理上の責任や、資格にかかわる行政上の処分、勤務先での懲戒までを肩代わりするものではありません。保険に入っていることと、事故を起こさない努力は別のことです。
公認心理師・臨床心理士の賠償責任保険とは
公認心理師向けと臨床心理士向けの賠償責任保険は、いずれも職能団体の会員向けの制度として案内されています。個人が保険会社と直接契約する形とは別に、団体が契約者となって会員を被保険者にする団体保険という形です。
日本公認心理師協会の入会案内には、入会すると「公認心理師賠償責任保険」に自動的に加入し、任意加入できる「総合補償制度」もあると書かれています。日本臨床心理士会の入会案内には、会員の特典として「賠償責任保険など、総合補償制度の提供」が挙げられています。具体的な補償内容や条件は、いずれも案内ページには詳しく出ていないため、会員向けの資料や事務局で確認する必要があります。
必要か:法律上の義務は確認できなかった
公認心理師法の条文(秘密保持義務と罰則)と職能団体の入会案内を確認した範囲では、賠償責任保険への加入を公認心理師に義務づける記載は見つかりませんでした。臨床心理士についても、加入を義務とする公的な記載は確認できていません。
義務がないことは、不要ということではありません。必要かどうかは、次の点で判断が分かれます。
- 勤務先の保険が、自分個人の過失による賠償まで対象にしているか
- 雇用主の保険の被保険者に、非常勤や委託契約の自分が含まれているか
- 自分が責任を問われる側になったとき、弁護士費用など防御の費用がどこまで出るか
- 勤務先とは別に、自分の名前で受ける業務(講師、副業、個人開業など)があるか
勤務先の保険は組織を守るためのものとして設計されていることが多く、個人の責任追及の場面で自分が補償の対象かどうかは、契約によって変わります。人事・総務の担当者に、どの業務が対象でどの立場の人が被保険者かを確認しておくと安心です。
賠償責任保険で何が補償されるか
補償の中身は商品や団体の制度ごとに違います。ここでは、一般的な考え方として、補償されやすいことと、されにくいことを分けて整理します。具体的な範囲は、約款や会員向けの案内で確認してください。
業務上の過失による賠償が補償される考え方
日本公認心理師協会が公表している保険の案内(2025年5月版)によると、全員加入型の保険は、日本国内での公認心理師業務の遂行にともなう第三者(クライエントを含む)の生命・身体の障害や、プライバシーの侵害などの人格権侵害について、被保険者が法律上の損害賠償責任を負ったときに、支払限度額の範囲内で補償する、とされています。会員は手続きなしで自動的に加入し、保険料は協会の負担です。
同じ案内には、顧客などの第三者からのセクハラ・暴力・悪質なクレームといった迷惑行為を受けたときの法律相談・弁護士費用などを、100万円を限度(免責金額1万円)に補償する内容も書かれています。ただし、迷惑行為をした相手に損害賠償を求めるための弁護士費用は対象外とされています。賠償金だけでなく、自分が被害を受けた側になったときの費用が含まれている点は、現場で働く人には見ておきたいところです。基本契約の支払限度額など金額の条件は版によって変わり得るため、この記事では書きません。最新の案内で確認してください。
補償の対象になる業務の範囲は、案内に定められています。公認心理師法が定める四つの行為(心理状態の観察と分析、相談・助言・指導その他の援助、関係者への相談・助言、心の健康に関する知識の普及のための教育と情報提供)との関係も含め、約款や案内で確かめてください。
ここで押さえたいのは、賠償責任保険は「法律上の損害賠償責任を負った場合」に出る保険だという点です。責任があるかどうかの判断は、事実関係や裁判所の判断などによります。保険に入っていれば何でも補償される、という保険ではありません。
守秘義務違反や情報漏えいの扱い
公認心理師は、正当な理由がなく、業務に関して知り得た人の秘密を漏らしてはならず、公認心理師でなくなった後も同じとされています(公認心理師法第41条)。違反すると、1年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金が定められています(第46条。告訴がなければ公訴を提起できません)。
守秘義務違反や情報漏えいが、賠償責任保険の対象になるかどうかは、保険の種類によって異なります。プライバシー侵害や名誉毀損などの人格権侵害を対象にする保険でも、電子データの漏えいに特化した費用(原因調査やお詫び対応の費用など)は別の保険や特約になっていることが多くあります。刑事罰は、そもそも保険で補償される種類のものではありません。守秘義務の範囲や例外は、公認心理師の守秘義務で整理しています。
事故やクレームが起きたときの動き方
保険に入っていても、事故への対応を誤ると手続きで不利になることがあります。一般的な考え方として、次の点を押さえておくと安心です。
- 事実関係と日時、本人や関係者とのやり取りを、まず記録に残す
- 所属先や上司、スーパーバイザーへ早めに報告する
- 保険の連絡先に、約款で定められた期限内に事故の通知をする
- 賠償の約束や示談を自分だけで決めない(約款で保険会社の同意が条件になっていることが多い)
具体的な手順や期限は保険ごとに違います。契約内容と関係法令を確認し、必要に応じて保険の専門家や弁護士に相談してください。
補償されにくいこと
一般に、次のようなものは対象外か、対象になるかの判断が難しいと説明されることが多い項目です。
- 故意による行為(意図的な守秘義務の違反など)
- 面接の結果、期待した成果が出なかったことによる料金の返還請求
- 支援の過程で生じた心理的な苦痛や症状の悪化(身体の傷害や物損をともなわない場合)
- 契約や規程で定められた業務の範囲外で行った行為
とくに三つ目は、心理職にとって気になるところです。保険ごとに、精神的損害をどう扱うかは違います。団体保険の案内の中で「第三者の生命・身体の障害」「人格権侵害」がどう書かれているか、約款で免責事項がどう定められているかを確認しておくと、イメージを誤りにくくなります。
職能団体・学会の会員向け団体保険の確かめ方
保険の中身を調べるときの順番を、公認心理師と臨床心理士に分けて整理します。団体の制度は変わることがあるため、会員向けの案内で最新の内容を確かめてください。
公認心理師は日本公認心理師協会の入会案内で確認する
日本公認心理師協会の入会案内には、公認心理師の登録を受けた個人が入会でき、入会により自動的に賠償責任保険に加入すること、任意加入の総合補償制度があることが記載されています。協会のパンフレット(2025年7月版)には、基本部分は全員加入で保険料は協会が負担すること、有利な団体保険として補償制度に上乗せ加入できることが書かれています。保険の案内(2025年5月版)には、自分自身のための補償として団体総合生活保険(医療補償、所得補償)もあると書かれています。これは賠償責任とは別の保険です。
確認するときは、次の点を見ます。
- 被保険者になる条件(入会の時期、会員区分、会費の納付状況)
- 補償の限度額と、1事故・保険期間中の上限
- 対象になる業務の範囲(日本国内に限るか、オンラインはどうか)
- 上乗せ加入できる制度の有無と、募集の時期
- 事故が起きたときの連絡先と手順
臨床心理士は日本臨床心理士会の入会案内で確認する
日本臨床心理士会の入会案内には、会員の特典として総合補償制度の提供が挙げられています。補償の限度額や保険料、対象になる事故の詳細は、入会案内のページには出ていませんでした。以前の会報では、賠償責任保険に全員加入型と任意加入型があるとされていましたが、現行の仕組みは確認できていません。最新の内容は、会員向けの資料や事務局への問い合わせで確かめるのが確実です。
臨床心理士の資格そのものを認定しているのは日本臨床心理士資格認定協会で、職能団体である日本臨床心理士会とは別の組織です。保険の加入窓口が職能団体側にあることは、取り違えやすい点です。
両方の資格を持っている場合の重複
公認心理師と臨床心理士の両方の資格を持ち、両団体の会員になる場合は、複数の保険に重ねて入ることになります。賠償責任保険は、実際の損害を超えて二重に保険金が出るわけではないのが一般的で、重複して入っていても意味がないことがあります。保険ごとの補償範囲の違い(対象業務、限度額、費用の扱い)を比べてから、上乗せの加入を決めると無駄を避けられます。
民間の団体が用意する制度もある
職能団体や学会以外にも、民間の団体が会員向けに賠償責任保険を用意していることがあります。加入条件は団体の会員になることが前提のものが多く、対象となる業務や資格の範囲も団体ごとに違います。この記事では民間の団体名や商品名は出しません。検討するときは、保険の内容だけでなく、団体の運営主体や、会員になるための要件も確認してください。
開業と勤務で考え方はどう違うか
保険を考えるときの出発点は、自分の業務で誰が責任を負う立場になるか、ということです。勤務か開業かで、見直す点が変わります。
勤務の場合は組織の保険と自分の立場を確認する
勤務先が組織として保険に入っているかは、まず確認したい点です。見るポイントは次のとおりです。
- 勤務先の保険の被保険者に、自分(常勤・非常勤・委託)が含まれているか
- 自分個人が訴えられたとき、組織の保険で弁護士費用などが出るか
- 勤務先の業務以外(講師、執筆、別の勤務先、副業)の活動が対象外になっていないか
- 学生実習や研修の受け入れ側での、実習生の扱い
なお、民法は、使用者が被害者に賠償したあとで、従業員に求償できることも定めています(第715条3項)。勤務先が保険に入っていても、自分への求償がどう扱われるかは別に確かめたい点です。
非常勤で複数の施設を掛け持ちしている場合は、施設ごとに保険の入り方が違います。職能団体の保険は、勤務先の保険の隙間を埋める役割として考えると整理しやすくなります。掛け持ちの働き方や常勤・非常勤の違いは、別記事で扱っています。
開業の場合は事業全体のリスクで考える
個人でカウンセリングルームを開業している場合は、自分が事業の主体として責任を負います。対人サービスの過失による賠償に加えて、面接室の設備や備品に起因する事故(来室者の転倒やけがなど)、オンライン面接の機器・通信にまつわるトラブル、書類や記録の管理の不備などが考えられます。
職能団体の保険が、開業の業務まで対象にしているかは、案内の「対象業務」の書き方で確認します。たとえば、来室者のけがや面接室の施設の管理は、心理業務の賠償責任とは別の施設賠償責任の保険で扱われるのが一般的です。事業全体の保険の組み合わせを考えるときは、保険の専門家(代理店など)に、業務内容を具体的に伝えて相談してください。
なお、年間の保険料は事業の経費として扱える場合があります。取り扱いは所得区分や契約の内容で変わるため(カウンセラーの確定申告も参照)、税務署や税理士に確認してください。
個人情報漏えい保険は別に考える
心理職が扱う情報は、要配慮個人情報にあたるものが多くあります。情報漏えいへの備えは、賠償責任保険と別に考えると整理しやすくなります。
漏えい時にやらなければならないこと
個人情報保護法は、個人情報取扱事業者が取り扱う個人データの漏えい、滅失、毀損などで個人の権利利益を害するおそれが大きいものとして個人情報保護委員会規則で定める事態が生じたときに、同委員会への報告と本人への通知を義務づけています(第26条)。個人情報保護委員会の事業者向けの案内によると、報告が必要になるのは、次のような場合です。
- 要配慮個人情報(病歴など)が含まれる漏えい等が発生した、またはそのおそれがある場合
- 財産的被害が生じるおそれがある場合
- 不正アクセスなど、不正の目的をもって行われたおそれがある場合
- 1,000人を超える個人データの漏えい等の場合(行政機関等、たとえば公立の病院・学校などは100人超)
報告は、発覚から3〜5日以内を目安とする速報と、原則30日以内の確報の二段階です(不正の目的による場合は確報は60日以内)。詳しくは、個人情報保護委員会の漏えい等の対応のページで確認できます。心理職の記録は病歴や心身の状況を含む情報にあたり得るため、規模が小さくても報告の対象になる可能性があります。所属先の担当者や専門家に相談してください。
2026年7月17日には改正個人情報保護法が公布され、本人への通知を軽くできる場合や、速報の一部を免除する場合などが定められました(個人情報保護委員会の公表資料)。施行は一部を除き公布から2年以内の政令で定める日で、施行前の現在は上の扱いが基本です。
個人情報漏えい保険で補償される費用の一般的な考え方
個人情報の漏えいに備える保険は、賠償金だけでなく、事故の後の対応にかかる費用を補償する設計が一般的です。たとえば、原因調査の費用、弁護士への相談費用、お詫びの文書の作成・送付費用、見舞金や見舞品の費用などが、特約や保険の名目として挙げられます。対象になる費用の種類、限度額、対象期間は商品ごとに大きく違います。
保険だけに頼らず、事故を防ぐための備えも同じくらい大切です。記録の保管場所、端末の暗号化、持ち出しのルール、オンライン面接の設定などを見直しておくと、保険がなくても被害を小さくできます。記録の書き方と保管の考え方と、記録を電子化する場合の電子カルテの選び方は、別記事で整理しています。
加入を考えるときのチェックリスト
どの保険に入るかを決める前に、次の点を紙に書き出しておくと、比べやすくなります。
- 自分の業務の範囲(面接、検査、研修、講師、オンライン、訪問など)
- 勤務先の保険の被保険者になっているかと、その補償範囲
- 職能団体の保険の対象業務、限度額、免責事項
- 精神的な損害、個人情報の漏えい、弁護士費用の扱い
- 保険料と、補償を受けるための手続き(事故の連絡先、期限)
- 副業や開業などで、勤務先の保険の対象外になる活動の有無
保険に頼る前に、事故を防ぐための土台も確認しておきましょう。同意の取得、記録の取り扱い、危機対応の手順、スーパービジョンなど、日々の業務で行う予防が最も確実な備えになります。
よくある質問
Q. 公認心理師に賠償責任保険は必要ですか?
法律上の加入義務は、確認できた範囲ではありません。ただし、日本公認心理師協会の会員になると、全員が自動で賠償責任保険に加入する制度があります。勤務先の保険だけで自分が守られているか不明な場合は、確認や上乗せを考える価値があります。
Q. 臨床心理士の賠償責任保険はどこで入りますか?
日本臨床心理士会の会員向けに、総合補償制度が案内されています。入会の条件や補償の詳細は、日本臨床心理士会の入会案内や、会員向けの資料、事務局で確認してください。
Q. カウンセラーの賠償責任保険で何が補償されますか?
一般には、業務の過失で第三者に身体の障害や人格権の侵害を与え、法律上の賠償責任を負った場合の賠償金や、一定の費用が対象です。精神的な損害、返金の請求、故意の行為などは対象外か、条件がつくことがあります。実際の範囲は約款で確認してください。
Q. 勤務先の保険があれば、個人で入らなくてもよいですか?
勤務先の保険の被保険者に自分が含まれているか、個人が責任を問われたときに費用が出るかは、契約によって違います。人事・総務の担当者に、被保険者の範囲と対象業務を確認してください。
Q. 守秘義務違反は賠償責任保険で補償されますか?
守秘義務違反の中身によります。プライバシー侵害による賠償が対象になる保険はありますが、故意による漏えいは対象外とされることがあり、刑事罰は補償されません。情報漏えいの対応費用は、別の保険や特約が必要な場合があります。
Q. 個人情報漏えいの保険は必要ですか?
要配慮個人情報を扱う以上、漏えい時の報告や通知、調査などの対応が必要になります。その費用に備える保険を検討する人もいます。保険の前に、記録の保管と持ち出しのルールを見直しておくことが大切です。
まとめ
- 心理職の賠償責任保険は、法律上の義務は確認できていないが、日本公認心理師協会には全員自動加入の制度があり、日本臨床心理士会にも総合補償制度の案内がある
- 補償の範囲は、団体や契約ごとに違う。対象業務、限度額、免責事項、精神的損害や情報漏えいの扱いを案内や約款で確かめる
- 勤務先の保険の被保険者かを確認し、開業や副業があれば不足を補う。個人情報漏えいは別の備えとして考える
心理職の賠償責任保険は、入ること自体より、自分の業務のどこまでが対象かを知っておくことが大切です。まずは勤務先と職能団体の案内を並べて確認してみてください。保険の加入や契約内容の判断は、所属先の規程や関係法令を確認し、必要に応じて保険の専門家や弁護士に相談してください。



